1人と1匹のいきぬき

背伸びして棚に上げています。二日酔いが常。

夏は嫌いだ、

 

 

うだるような暑さの中、何となく誰もが開放的になる、楽しく乾いた季節。

染まる頬を沈みゆく夕焼けのせいにできる、甘酸っぱい恋の季節

甲子園、球児の汗、涙の結晶、自分の青春の全てが詰まった、大切な季節。

Tシャツと短パンさえ履いていればそれなりにキマる、センスのない自分のような人間には楽な季節、だったりもする。

夏がずっと好きだった。

 

 

 

もうだめか、そう思ったのもこの季節。

あとは断片的な記憶だ。まだ拒否しているらしい。

ふわふわとした感覚と、ガツンと頭を殴られたような、強烈な胸の痛みを伴う感覚と。

 

 

「季節柄もあるからね、」

 

そうクリニックの先生は膠も無く言った。

 

 

毛穴から吹き出す汗。波打つ鼓動。

湿ったTシャツが背中にへばりつく感触。

それが冷房によるものなのか、冷や汗なのか、急速に冷やされていく、背筋の嫌な感覚。四肢が痺れる。それを他のもののせいにしたい思いで、酒に手を伸ばす。

健康診断で肝臓には「要検査」と書いてあった。

 

 

 

 

ご縁はあるよ

 

それは良かった

 

でも伝えるのが下手だからね

 自分を変える努力が必要よ

 

うん、そうだよね

 

「ママ」と呼ぶ、友人のお母さんとは、会う度色々と話す。

 

 

あんまり一般的な常識とか、正しい考えを持てないの

変人、変わってるのよ

でもね、良いところはとにかく優しいところ

思いやりがあって、反面騙されやすいのね

 

そうかあ

 

それだけあれば、充分かも、なんて思う。

だらしのないタイプに思われないよう、言いたいことは我慢せず言う。

それだけ意識できれば、良いのでは。だめなのだろうか。

 

 

最近気づいたのだが、自分に自信を持つというのは本当に難しい。

仕事で毎日何かしらトラブルは起こる。うまくいくことなんて本当にひとつもない。

毎日落ち込む。

毎日反省して次こそは、と無理やり自分を奮い立たせなければ、気持ちは持たない。

そんな中で、自信なんてものはこの年になってもなかなか湧いてこない。

頑張ったことなんて結果が出なければなんの意味もない。

うまくいかないときに、うまくいかないことは重なるように世界はできているのかと思うくらいに、やったはずのことでさえも、なにかの手違いで違った方向に向かってしまっていて、同じタイミングでそれが発覚する。

 

自信を持つということは本当に難しい。

 

 

死を意識して初めて生きることを実感する、と誰かが言っていた。

生きるということはそこから始まるのである。

死にたいと思って、毎日ギリギリまで頑張ろうと思っているものの、一向に死ぬ気配はない。最近変わったことは切れ痔になったことくらいだ。

 

 

死にたいと思っているやつは死なない、なぜかね

 

そう言って先輩は笑った。

 

お前もそのタイプだな、

 

 

長生きしたくない。こんな毎日なら死んだほうがマシだと思う。

超えたいと思うが、そう思って努力はするが、全然超えられない。

一時の快楽や一過性の愉しみで賄えるほど器用な処世術は持ち合わせておらず、

故に自信なんてものは全くと言って良いほど持てない。

限りなくゼロに近いでもない。ゼロなのだ。

 

楽しいと思うことをしたほうが良い。そう言われることが多い。

楽しいことって何なんだろうか。今そう思えることは正直無い。

楽しい、と心から感じたことってこれまでの人生であるのか。あるはずだが思い出せない。

楽しいと思うために、どうすれば良いのだろう。その感覚を正直忘れている。

 

 

ー楽しんでいるか?

 

 

皮肉にも、昔口癖のように問いかけていたこの問いを、今ぼくは最も恐れている。

旅行先で、適当なバーで飲み、隣りにいた女性と話し、そのまま一晩を共にした。

一糸まとわぬ姿で額に汗を光らせながらベッドに転がり、あっけらかんと笑っている彼女を見たときに、

無性に愛おしくなり、哀しくなり、可笑しくなり、涙が溢れてきた。

笑うのを止め、なんで泣いてるの?とその人は起き上がり怪訝そうな顔でこちらを見たが、なんでも無い、とだけ笑い、その子をまた抱き寄せた。

 

なんのために、なにがしたくて、ここにいるんだろう。

 

 

 

映画を最近良く見る。映画に行く夢もよく見る。

映画は楽だ。すぐに違う世界へ行ける。

何をしたら良いのか分からない、そんな夜がある。

何もしないと、たまらない気持ちになる。

そんなときは、映画館に行く。

何でも良い。自分をこの世の中じゃないどこかに連れて行ってほしい、そんな気になる。いなくなれ、群青。ぼくも階段島に行ってしまいたい。

 

 

 

先輩、俺、どうすれば良いですかね

 

ゆっくり考えれば良いんじゃないか?

 

そうしたら出てきますかね

 

 

 

 

そうしてもう1年が経っちゃったんですよ、俺、

 

そう言いたい思いを抑えて、酒を流し込む

 

 

なんの進歩もない1年を過ごそうとしている。

 

 

明日は何をして過ごそう。

仕事しかないか。でもこのまま寝られる気がしない。

そうしてまた夜な夜な街に繰り出す。

 

 

 

 

知ってると思うけどさ

 

そう、母は言った。

 

 

あなたの前に、ひとり流産しているじゃない?

 

うん

 

だからね、あなたが生まれてくるその瞬間まで、怖くて仕方なかった 

あなたが生まれてきて、ちゃんと生きていることを確認できてはじめて、安心した

それまではずっと不安だった、また命が失われたらどうしようって

あなたはしっかり生まれてきてくれたから、そこで初めてその不安を克服できたのよ 

 

 

上書きでしかないんだろうな、と思うよ

 

 

どれだけ没頭して働いたとしても、同じだけ愛するものがないとそれは決して無くならない。

それは必ずしも女性というわけではないことは、唯一の救いだ。

 

 

 

 

 

 

まったく、夏は嫌いだ。

 

楽しいことは無いだろうか。

我を忘れて、没頭できる何か。

 

デザインが生まれる瞬間にいることはとても好きだ。

ただ、これが俺のしたいことか。

 

自分の空間ができた。その感動を伝える先があった。そこに喜ぶ笑顔があった。

それが幸せだった。結局、ぼくの人生にぼくだけの人生は存在していない。

「誰か」がいて、だからこそ、ぼくはデザインが好きだった。

今、ぼくは誰のためにデザインしているんだろう。

クライアントのため。それは言わずもがなそうである。

ただ、その「デザイン」を手段として、ぼくは自己表現をしている。

誰しもそうだろう。誰のために?それが、今わからない。

近くにあった喜ぶ顔を見て、ぼくは頑張ってきた。

これからどうしよう。それがこの1年間、答えのない問いである。

 

 

 

 

 

夜道が心地よい季節になってきた。

何のことはない、今日も1日が終わっただけである。

 

ただ、それだけのことである。

 

駅前でサラリーマンたちが楽しそうに笑っている。

キャッチのお兄さんたちも忙しそうだ。

 

人混みをすり抜けて、家路を急ぐ。

恵比寿の街は、今日も騒がしい。

 

もう顔馴染みになってしまったキャッチのお兄さんに声をかけられる。

強くは誘ってこないところが好きだ。

 

今日もおつかれさまです~

 

そう言ってエナジードリンクをくれた。

何もないのに、この人はいつも何かくれる。

 

 

携帯が鳴った。

一度お店に行ってから、気にして連絡をくれるスナックのママからだった。

 

大丈夫?

また何かあったら来なね

飲まなくても良いから

歌うだけでもさ

バカ、暇なのよ、来てちょうだい

 

いろいろな人のそれぞれの優しさで、この街はできていると思う。

 

 

 

 

 

 

姉はすごいよな、しっかり自分の夢に向かって確実に歩んでる

 

何言ってるのよ、違うわよ

あの子だってね、わからないわよ、先なんて

今できることをやるだけよ

 

母は、強い。

 

 

 

 

ああ、そうか、そうなのか、

姉も、そうなのか。

 

答えのない日々が、ぼくには違和感だった。

何か明確な答えがあって、そこに向かっている確信があることが、大事だと思っていた。

 

答えを探すことが、人生なのかもしれない。

それを見つけることが、日々、ということ。

抱えながら、模索しながら、葛藤していくことが、生きるということ。

 

いつから、そう思わなくなったんだろう。

それって今のぼくにとっては、とても新鮮なことだった。

 

 

 

もう少し、自由に考えたら良いんじゃない

 

 

確実なことなんてない、と知ったこの季節に、

嫌いだ、そう突き放した夏に、

またぼくはそう、優しく、教えられている気がする。

 

嫌いになんてなれない。夏が好きだ。

 

優しく顔を撫でていく風に揺られながら人気のないガーデンプレイスを歩く。

 

 

ゆっくり、探していけば良い。

見つかるまで、たくさん悩めば良い。

 

 

今日が終わる。

不確かな明日がまた来る。

それだけだ。みんなそうなのだ。