1人と1匹のいきぬき

背伸びして棚に上げています。二日酔いが常。

たらみの話。

 

どうなの?それで

最近は好きなことやれてるの?

 

 

 

叔母は、そうぼくに聞いたー

 

 

 

叔母は不思議な人だ。

 

ぼくから見たら一番身近な成功者で、好きなところに住んで、好きなものを買って、好きなものを食べて生きている。仕事は大変だよ~と笑いながら言うが、誰もが知っているところでバリバリに働いている。

その割に、一緒にご飯を食べているととぼけたことを言うし、抜けているところもある(ように見える)。言いたいことを自由に言う気持ちの良い人で、常に笑っているから嫌味も感じない。

自由に生きているなあと思う。

 

 

思えば新卒で入社した会社を辞めたときも、周囲が猛反対するなか叔母はひとり

 

あーあー、もったいない

 

とだけ言い、笑っていた。

 

 

 

好きにやれば良いじゃんね

ダメだったら一緒に会社探してあげるよ

 

そんなことを言いながらスパークリングワインをコクリと飲む。

 

 

 

 

ずっと連絡してたんだからね

まぁ便りのないことは元気な証拠だから心配はしてなかったけど

あーでも良かった、がんばってるんだね

 

ふわっと笑顔を見せてそう言った。

 

 

 

 

 

それはすいません、全然気付かなかったのよ

 

そう伝えようと口を開くと

 

ねえこれすごく美味しいね、もうひとつ頼んじゃわない?

 

 もう話題は目の前の美味しいキムチに移っていた。

 

 

開いた口の行き先に困りつつ「そうだね」とだけ言い、ビールを流し込む。

 

 

 

 

 

この人には敵わない。

 

色んなことを相談してきたが、この人はいつもどんなことも、

日常会話のように楽しそうに話す。

悩んで相談したことがバカみたいに感じるほど、他の他愛ない話題と同じように。

そんな時間に救われることが多い。

 

 

ねえねえ、今日泊まっても良い?

 

えー、明日朝早いよ、しかも片付けてない

 

うん、俺も早い

 

あ、そう、じゃ全然良いよ

夜食買ってく?

 

買ってく、ゼリー

 

あ、たらみだ

 

うん、たらみ

 

美味いよね

 

 

 

 

 

ねえねえ、桜見てこうか

 

良いね

 

1駅2駅くらい歩けば良い夜桜が見れるんじゃあないでしょうか

 

良いですね良いですね

 

 

 

 

 

良い大人が、こんなガキよりもテンション高く夜道を歩いていく。

 

 

 

 

 

あれ桜かね?

 

たぶん桜だね

 

全然ちゃうやん

 

桜に見えたよね

 

うん、見えた

 

花ですらなかったね

 

うん、不思議

 

不思議

 

妄想って大事な

 

うん、そうな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、ちょっとした田舎に引っ越した。

干物の美味い、山と海に囲まれた場所だ。

 

朝には庭の芝刈りをする。(尚、おばあさんは川へ洗濯には行かない)

お経を読み、ハンモックに揺られながら珈琲を頂きつつ、仕事の整理をする。

 

東京から出るときに仕事を減らしたが、理想的な暮らしには近い気がする。

ご飯を食べて、ベッドで寝て、足を伸ばしてお風呂に入れる。朝、太陽に当たる。

これさえできれば、充分しあわせである。

 

 

 

とはいえ、東京は好きだ。

世界を周って帰ってきても尚、東京は刺激の多い街だ。

ゆっくり生きていたいと思うと同時に、東京で生きていたいとも思う。

 

 

であるからこそ、地方で東京の仕事をしている。

これはぼくなりのひとつの答えで、それが正しいのかを確かめる実験でもある。

 

 

 

 

へえ、またおもしろいことやってるね

 

そう叔母は笑った。

 

 

 

 

「まぁそんなこともあるよね」

「好きなことやりなよ~」

「よくやってるわ、ほんと」

 

 

 

とか、色んなひとが色んなことを言うじゃない?

どこにいたって自分次第よ。

 

そう叔母はふっと言った。

 

 

 

 

 

 

好き勝手な言葉で世の中は出来ている。

ぽつぽつと表れては消えるその言葉の切れ端たちに、

何か答えっぽいものを見出したり、惑わされたり、

そうやってまた、ぼくらは自分勝手に受け取りながら生きている。

 

 

 

 

 

この前親父に高級すき焼き奢ってもらったよ、そういえば

 

えー、お兄ちゃんそんなお金持ってるの笑

 

そりゃあるでしょ、子ども皆いなくなったし

 

えー、じゃあ次奢ってもらお、私なんてこの前パスタくらいだったよ、いいなあ〜

やっぱり子どもには見栄張りたいのよ

 

そうなの笑

 

そうだよ、きっと

 

子どもはありがたく奢っていただきます

 

そうしなさい笑

 

 

 

 

 

 

 

心地よい時間が過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 

さっきのキムチすごい美味しかったわね、本当に

 

それ何回目?笑

 

良いのよ、本当に美味しかったんだから

写真撮ってくれた?

 

うん

 

じゃあそれあとでお姉ちゃんに見せてあげなさい

 

この前入らなかったのよ、ここ

 

姉ちゃんとよく会うの?

 

ときどき会ってるわよ~

 

えー、誘ってよ

 

だって返信よこさないじゃない

 

ですよね、すいません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーぼくは好きなことをやれているのだろうか。

 

 

やれている気もするし、やれていない気もする。

好きなことが何か、分かっている気もすれば、まだ見つかっていない気もする。

仕事上大義を語ったりすることも多いが、正直じぶんの人生に大義なんてものはこれっぽっちもない。

今日もやるべきことをして、妻が飯を食えて、うまい酒でも飲んで酔っぱらえればそれで良いのだ。充分しあわせだ。

 

 

そう言っていたい。思っていたい。

 

 

でもそれだけではいけない気もしている。

だから一生懸命働いてみている。

手伝いたいこと、助けたいひとがいて、そのためにデザインをしている。

 

小山薫堂さんの頑張っている姿を拝見すると、いつも胸が熱くなる。

これがしたい、と心から思ったりする。

あのひとは自分の仕事を「誰かの手助けをする仕事」と言っていた。

全く同じ言葉を使っていたものだから、とても嬉しかった。

きっと、本当に「好きなこと」はそういうことなんだろう。

もしかしたら好きなことを全然やれていないのかもしれない、とか思って焦る。

そんな不安を酒で押し流し、今必要なこと、できることをとにかくやっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ま、がんばんなさい、ほどほどに。

 

叔母はそう言って寝室に消えていった。 

 

 

 

 

 

そういえば桜に気を取られ、たらみを買わなかった。

何か飲もうと冷蔵庫を開けると、そこにはたらみと、ぼくが好きな飲むヨーグルトがあった。